(2004/7/19プロパン・ブタンニュース)

SATOKO
(ピアニスト・本名=岡山聡子)


海に癒される時


 コンサートでピアノを弾いた夜、私はなかなか寝付くことが出来ない。体は疲れているのに、頭が冴えわたってしまうからだ。しかも翌朝は必ず早く目が覚める。これが続くとつらいので何とかしなくてはと思ってくる。
 ピアノを演奏するというのは見た目よりも結構ハードだ。ステージに立つ時は、聴衆に負けないエネルギーを出さないといけないから、かなりテンションも上がっているし、体力も使う。たぶん、ステージ上のSATOKOと普段の私は別人だと思う。人を癒すピアノを常に弾きたいと思っている私も時々、強く癒しを求める。あるヴァイオリニストは、コンサート後に神経を落ち着かせる為、ブランデーを必ず口にするという。良い方法だとは思うが、お酒が飲めない私には得策ではない。そんなある日、私は中国の青島(チンタオ)を訪れる機会があった。日本では青島ビールがよく知られているけれど、ここは中国有数のリゾート地である。個人的には、南フランスの華やかでカラリとした海が好みなのだが、どこか静けさの漂うこの海辺はなぜか落ち着く。海の色も日本と同じだ。
 小学生の頃の夏、家族旅行は海と決まっていた。泳ぎは大の苦手なのに怖いもの知らずの私は、浮き輪に掴まってどこまでも泳いだ。そして、一人遠く離れたところでプカプカと浮きながら、空と果てしなく続く水平線を眺めて過ごしていたのだった。子どもにしてはずいぶんと暗い遊び方だと思うが、最近すっかり忘れていたその楽しみを、青島に来てまた思い出していた。
 海と街全体が深い霧で包まれた朝、砂浜まで歩いて行くと自分の周りが真っ白になり、波の音と一緒に別の世界に降り立ったかのように感じた。濃い潮の香りを胸いっぱいに吸い込むと、まるで体が海に溶け込んでいってしまう不思議な感覚だ。そしてその夜、久しぶりにぐっすりと眠る事が出来た。海には、音楽とはまた別の強い癒しの力があるのだな、と感じ、海に癒されに足しげく通うのが青島での日課だった。