LPガスビジネスと危機管理 柴田栄彦
プロパン・ブタンニュース、平成13(2001)年11月26日〜12月24日
柴田栄彦(しばた・しげひこ)氏 著述業。1937年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、兼松入社。ブリヂストン液化ガス(現三井石油)、モービル石油でLPガスの営業企画・海外業務などを担当。財団法人アジア太平洋研究会事務局長、CBインターナショナル常任顧問、ILB顧問、コスモトレードアンドサービス顧問、BHP社東京支社副支社長付アドバイザー、千代田テクノエース特別顧問など歴任し、幅広い領域で活躍中。著書に『バイオビジネス戦略』(講談社)、『アグリビジネス戦略』(同)、『レジャービジネス戦略1、2』(日本工業新聞社)、『走るバイオ企業』(共著、ジャパンタイムス社)、『ハイテク農業革命』(日本工業新聞社)、『日本農業復活計画』(ダイヤモンド社)など。
第1回 「いま、なぜ危機管理か」 プロパン・ブタンニュース 2001/11/26
◎エネルギー産業と社会環境
21世紀、世界のエネルギー産業界は、環境保全という大きな課題をかかえ、より公害の少ないエネルギーへの転換など、動きが活発になってきた。わが国でも、既存の石油、天然ガス、LPGの供給源(サプライソース)の分散化、加えて新エネルギーの多角化など、大きな課題をかかえている。ただでも多くの問題がある現実に、秋には多発テロ事件が発生、混沌の度合いが深まってきた。
第二次大戦後、半世紀余の歳月が経過した。あいまいな平和憲法のもと、米国流の物質文明を受け入れ、大量生産、大量消費を美徳とするような誤りが続いたが、無資源国日本にとりバルブ崩壊は、本来の日本の立場を見直す好機にもなったのではないか。循環型への移行という政策は、こうした意味からも歓迎されるべきだろう。
一方、エネルギーのナシ
ョナル・セキュリティを考えると、国全体が平和ボケしているのが現状だから、今後、21世紀に起こり得るだろう様々な危機に際し、生き残れるかが不安になってくる。いささか大げさな話になったが、米国の象徴のようなニューヨークの巨大なビル2棟が、一瞬に崩壊するシーンは、どんな事態が起こっても不思議ではない現実を認識する良い機会ではあった。
ところで、エネルギー産業の中で、LPGの地位は今後どう変わり、どう対応してゆかねばならないのだろうか。今世紀前半に、大きな変革に巻き込まれるとする予測を、否定する者ははいないだろう。
世界のエネルギー情勢、社会環境、国内のエネルギー業界の変化など、そのいずれをとっても、この業界にたずさわる個人も、企業も、常に生き残るための対応を考える必要があるのではないか。
◎今こそ危機感を
IT化の進む現代社会において、われわれの回りには知識や情報が満ちあふれていた。新聞、テレビのような従来型の情報源から、パーソナルでハンディなコンピューターから、携帯電話から、ありとあらゆる便利な手段を通し、好むと好まざるにかかわらず知識や情報がなだれ込む時代。知識や情報もただ持っているだけでは、宝の持ち腐れで何の役にも立たない。
戦後日本の経済政策は、企業の保護・育成、強化を常とし、その延長線で来てしまった。自由主義経済でありながら、多くの産業界で、経済原則たる競争原理や消費者満足を軽視、あるいは無視した規制が行われ続けた。結果、規制緩和を迎えた中で、対応がうまくできていない。規制という生あたたかい温室の中で育ったので、個人も企業も他人頼みで危機感がなく、自分を導く知恵がないのが実態だろう。
苦境を乗り越えていくには知恵が必要だ。知識や情報を生かし、明日の知恵に変える源は、個人にとっても、組織にとっても危機感であった。
第2回 「平和ボケ日本」 プロパン・ブタンニュース 2001/12/3
◎続く恐怖のシナリオ
ビンラディンが去り、アルカイダ崩壊後も、世界各地でのテロは絶えなかった。イスラム原理主義と排他思想は強化された。
〈200X年Y月2日〉
サウジアラビアで政変が起こった。急進的な原理主義者たちにより、ロイヤルファミリーによる専制政体は、一挙にほうむり去られた。余りの速攻に駐在米軍は干渉する暇もなく、自爆テロによる火薬庫の大爆発は、アラビア半島の夜空を彩る最大の花火となった。中東地域全体の外国の軍事施設は破壊され、徹底的な殺戮が行われた。アラムコは米国による搾取の源泉とみなされ、米国人経営メンバーや、技術者に対する処分は酸鼻を極めた。
〈世界各地で自爆テロ〉
あの米軍の攻撃に始まったアフガン戦争での無差別爆撃による一般人の被害は、結果的に全イスラム教徒の憎悪をかき立てた。米国では、戦争で大儲けをした軍事産業と、エネルギー産業に対する自爆テロが頻発した。彼等はブッシュ政権成立の強力な支援者(パトロン)であり、外交政策や軍事に大きな影響力があった。ロンドンの地下鉄には、潜伏期間を長くした改良型のペスト菌がばらまかれた。黒い死の恐怖は、ヨーロッパ全域に拡大していた。モスクワでは、核シェルターを兼ねた深度地下鉄がサリンで攻撃され、ソビエト崩壊後メンテナンスを怠ってきた地下空間は、巨大な墓場と化した。アラビア湾では、原油を満載した日本のマンモスタンカーに、ハイジャックされた米国の旅客機が突入。二つに折れた船体から流出した原油が、あらゆる船舶の航行を不能にした。
さらに、米本土で戦術核兵器によるテロの予告が現実となった…。
◎日本の対応、中東からの輸出が止まる日
今回の戦争に際しての日本政府の対応は、エネルギー政策面でも早かった。政府備蓄の取り崩しなど、緊急時の対応策が発表された。湾岸戦争の時に比べ、はるかに対応はすぐれていた、といえるだろう。しかし、時代も変わった。先のシナリオのような事態になったら、一体どうするのだろうか。平常時でも、国際的なエネルギー市場はパワープレーの世界。エネルギーは、戦略物資であり、軍事物資だ。金を出せば、何時でも買える商品だ、などという政府や商社があるとしたら、嘘をついているか、平和ボケだろう。
ところで、海外での産油国とメジャーなどの会合の席では、地政学(Geopolitics)という言葉は珍しくない。読者も含め、現代日本人で地政学の意味を知る人が、何パーセントいるだろうか。田中(真紀子)大臣が苦労している役所の役人たちの中で、この政治哲学を理解できるのが何人いることだろう。
第3回 「無資源国」日本 プロパン・ブタンニュース 2001/12/10
◎ああ、自前のエネルギーが欲しい
前出の地政学とは、国家間の関係にパワーバランスを肯定する理論で、外交力や軍事力の力関係を重視する。ナチスドイツの国際戦略も、ユダヤ人米国政治家キッシンジャー氏の外交政策も、同じ地政学的思考で支えられていた。海外資源獲得は、まさにこの世界であった。ひたすら頼む、物乞い外交や、大臣が海外出張しては、援助金をばら撒くだけでは、バカにされるのがオチであった。
ところで、日本が無資源国という状況は、第二次大戦以前も後も、一向に改善されていない。四面を海に囲まれ、鉱物資源に恵まれない。明治以来の海外資源獲得の夢は、敗戦という結果を招き、いぜん必要な資源の大半を輸入に頼らざるを得ない。鉄も石油もLPGもない。あげればキリがない。
戦後の経済大躍進も、すべての原料は輸入に頼った。この原料購入価格は世界一高い。軍事や外交にパワーが無く、オルタナティブ(代替案)もない。石油もLPGも、ロングタームの契約はありながら、他国向けのスポットの最高値を押し付けられる。こちらから、「いやなら止めたる」、ができないのだから交渉にならない。腹立たしい限りであった。
値段が高い、安いの問題だけではない。昨今の情勢で、中東産の石油やLPG出荷が止まれば、皆様の手に、従来の半分以下のLPGしかまわって来ない。突然、年間二千トンの販売店なら千トン、三十万トンなら十五万トン。生き残れるだろうか。これで、経営が継続できるだろうか。誰も助けには来ない。
◎メタンハイドレートと自然エネルギー等
2001年版環境白書は、地球温暖化問題や、化学物質汚染などが、地球の限界をすでに超えたと警告。解決策は、持続可能な循環型社会への移行しかない、としている。当を得た方向付けだ。しかし、わが国については、国際的環境を大切にするのも良いが、何よりも独自の大問題を抱えていた。はじめから資源が無いのだから、これでは倹約して循環型にならざるを得ない。
エネルギーについて言えば、自前のエネルギーの開発が必須だ。「油の一滴は血の一滴」という戦前の日本と何も変わっていない、という事実を再認識すべき時期ではないか。国も業界も、もっと国内、あるいは周辺部のエネルギー開発に力を注ぐべきだ。
幸い日本近海には、巨大なエネルギー源メタンハイドレートがある。実に、天然ガス換算推定百年分が、日本周辺部に眠っている。この開発は、国家規模で進めねばならない。一般企業にとっては、大資本を必要としないエネルギーがある。風力や太陽光は、もはや手近な存在と言える。自然エネルギーの多くは持続可能sustainableであり、renewable再生可能。国際エネルギー機関(IEA)は、再生可能エネルギーを次のように定義している。水力、地熱、新エネルギー(太陽、潮力、波力、海洋、風力、未利用熱、バイオマス、廃棄物)。勿論、長期的には、水素が大きな役割をになっている。
第4回 「キッチンからLPGの炎が消える」 プロパン・ブタンニュース 2001/12/17
◎電力との攻防
電気代が半値になる。2003年の電気事業法改正への議論が始まっている。完全自由化となり、家庭向けも含めた競争市場が実現すれば、半値になる可能性は十分にある。欧米の電気代の2倍もとって、アグラをかいてきた業界も、いよいよこのままでは行けない、というのが内部事情。従来から手厚い規制・保護を受けてきたために、原価意識にとぼしく、社内合理化も進まない世界だったが改善が必須となってきた。
例えば、同規模の火力発電所で所員数が日本で120人のところは、米国では60人、更に減らす努力をしているのが現実だ。自由化になると外資の参入の可能性はずっと高くなる。業界外には封印され、ほとんどの読者はご存知ないだろうが、2年程まえに四国電力が、外資に買収された事実があった。相手は米国のエンロン。当時、同社が青森むつ小川原等に、壮大な発電所計画を打ち出したのは広く知られている。
◎生活様式が変わった
オーブンレンジの普及率は90%強、10年前の平均単価10万円が2万円に値下がり、量販店では底が知れない。ガス業界の期待に反し、顧客のニーズからも電化の途は進んでいる。コンビニやスーパーのインスタント食品の高品質化と、デパート地下食品など高級惣菜の繁栄ぶりは、ガス屋さんの強敵だ。買って帰って、食卓でチン。楽で、結構うまい。
こうした傾向は、時速300kmで地方に伝わる。都市と地方の消費者の差は、減少傾向が強くなった。どの方面でも良いから、新幹線に乗ってみると良い勉強になる。地方都市の駅周辺のビル化、高層化と、駅ビル商店街やデパート商品の変化は目ざましい。どこに行ってもファッションや食品は、東京、大阪と変わらない品揃えが行われている。
ダンナがリストラの荒波にもまれていようが、主婦は、おつきあいなど外の御用が忙しく外食も多い。子供たちは塾通いで生活は不規則、家庭で、時間をかけた調理などなくなる一方だ。庖丁のない家庭が出てくる。
調理をする世帯層には、IHクッキングヒーターという安全な器具も普及し始めた。いわく、「家計に優しい都市ガス並みの電気代」。きっと、プロパンよりはるかに安いに違いない。「ガステーブルから高火力IHヒーターへ手軽に置き換えられます」は泣かされる。安全性、機能性、どちらをとっても、高層マンションや太陽光発電付住宅にはぴったり。新世紀火力は、誠にふさわしい用語だ。
感心してばかりは居られない。さて、どう対応すべきか。
◎電力供給の分散化
自由化後、石油、都市ガスなども、発電参入に名乗りをあげ、各地での生産が始まる。コージェネ化、燃料電池実用化は周知の通りの進行状況だ。風力や、バイオマスなど自然エネルギーは、地方分散型エネルギー。自治体も名乗りをあげる。無公害エネルギーとして今後発展が続く。同時に、太陽熱利用、太陽光発電が各家庭に普及していく。一酸化炭素の心配もなく、炭酸ガスを出さないエネルギー。こちらの普及件数は世界一だ。
国家としても、国民としても、こうした傾向を発展させていかねばならない。二十一世紀には、あらゆるエネルギーを扱うエネルギー業者になるにしくはあるまい。
第5回 「エネルギー屋へ変身」 プロパン・ブタンニュース 2001/12/24
◎災いを転じて福となそう
サウジやその他中東産油国が政変などで更にイスラム原理主義化がすすむ日、一時的でも中東からのエネルギー供給がストップする日、が来る可能性についてはすでに述べた。規制緩和などで、電力料金は半減するかもしれない。常に危機感をもって対応を考えておこう。社会の変化は進歩の場合も多い。
◎社会環境に適応して
世界のエネルギー産業にとって、最大の課題は環境保全である。COやCO2を抑える最善・最短の方法は消費量を減らすことである。石炭や天然ガスから、仮に、ハイブリッド燃料を作っても、常に問題になるのはCOやCO2の排出量だ。化石系のエネルギーを使う限り、環境悪化は絶えない。自然エネルギーの関する知識を身につけて、将来の転身の糧にしよう。
国内では、社会全体の高齢化が大きな課題。LPガス業界にとっても大きな課題になる。明石家さんまの「からくりテレビ」に出てくる老人たち(テレビはいささか残酷に年寄りを見世物化している)のような人びとが増える。世界で最も寿命が延びた日本。人口比で高齢者は急増中。危なくて裸火など扱わせたくない。若い世帯でも、不注意から天ぷら油に着火、子供たちが焼死する事故など後を絶たない。
こうした人たちでも扱える設備・機械は、社会のニーズだ。より安全な設備・機械、電化は必須だろう。いっそボケても使える電気器具を売ろう。人にシェアを奪われるくらいなら、自分で売ったほうがましだ。LPGの販売店も、先代は薪炭や石炭に換え、煉炭や豆炭に換え、プロパンを売りガス屋に変身した。電気器具を売って、何が悪いだろうか。
◎規制緩和と市場原理
各種自由化の結果は、LPG業者間の競争と、更に他エネルギーとの競争を先鋭化、激化させるだろう。競争原理の働く世界到来。結果は、消費者、利用のニーズをより満足させることになるだろう。
タクシー業界に好例あり。京都で業界、関係官庁に嫌われつづけたMKタクシーは、10数台から現在の京都業界第2位770台の会社に成長した。毎年、数千人の大学卒業予定者が入社に興味を示し、資料を請求する。顧客のためのビジネスに徹し、規制緩和のために挑戦し、好結果を生んだ。
成長を続けるデパートの地下食品街も、ユニクロのような衣料品業界も、まさに競争原理の働く世界。知恵が無ければ、利用者、消費者の支持が無ければ生き残れない。
◎究極のエネルギー
21世紀究極のエネルギーは、水素、バイオマス、自然エネルギー。水素の利用法はまず燃料電池、これはもう誰もが知識を持つ。LPG大手カマタなどは、すでに事業化に着手している。いずれは、太陽光と空気と触媒で、水素が作られる時代が来るだろう。
自然エネルギーの多くやバイオマスは、再生可能(renewable)、持続可能(sustainable)。例えば、バイオマスなら燃やしても発生したCO2は植物を軸に循環するだけだから、絶対量は増やさない。長期的な視野で参入を考えたい。
危機や困難は、脳にとって良い刺激になる。危機や困難は、新しい出発のテコやバネになる。乗り越えていくことは生きる喜びである。2002年を迎えるに際し、大いに元気を出しましょう。新しい年が躍進の年になりますように。
(おわり)