塩の山さしでの磯にすむ千鳥
いのまた商店専務
猪股尚幸氏
スギタ商店社長
杉田 朗氏


ウエーブ・風 話題と肖像画/ナリケンがゆく <180>

 山梨県甲斐市にいのまた商店の猪股尚幸専務を訪ねた。甲府駅からタクシーで15分ほど走っただろうか、甲斐市長塚のいのまた商店に着いた。猪股専務だけではなく、甲府市飯田のスギタ商店の杉田朗社長も記者の来訪を待っていてくれた。お2人は生き残りをかけて自分たちの事業を変えて行かねばならない。これまでと同じことを繰り返していたのでは駄目、それではジリ貧だという共通の認識を強調した。猪股専務は47歳、杉田社長は45歳と共に若い。そしてお父さんの事業を引き継いだことでも共通している。
 猪股専務は大学を出て全労済本部に勤めていたが、家業を継いで今年で19年目になる。この間に引き継いだときの顧客600軒は今日2,000軒になっている。
 杉田社長は大学の建築科を出て、その道に進みたかったが、家業を継ぎ500軒の顧客を今日1,100軒に増やしている。
甲府市西部の地域で一番の店づくり
 両社の事業の商圏は甲府市西部のベッドタウン甲斐市を中心に展開している。甲府市は人口20万、甲斐市は8万の都市である。いのまた商店は戸建て住宅70%、アパート30%、スギタ商店はアパートが多く70%、戸建て住宅30%で、水まわり、トイレなどのリフォーム事業に注力している。今後、両社の共同関係が進めばアパート、戸建ての平均化が行われ、お互いの特徴が生かされ、スケールメリットと相乗効果が期待でき、この地域の第一番の店は現実的なものとなる。杉田朗社長は自社の年商1億円、LPガス50%、灯油20%、リフォーム30%が当面の目標だと言う。親の代から培ってきた信用とお客との接点がある限り実現可能だ、そして頭を使わなくてはと付け加えた。
猪股専務のボランティア活動
 猪股専務の名刺に甲斐市商工会・一店逸品委員会委員長、甲斐市商工会・むらおこし事業実行委員などの肩書があるのを見てどんな仕事かと質問した。専務はいろいろの人とお付き合いするのが楽しくてと、「一店逸品」活動や「滞在型農園」について語った。地産地消を合言葉に地域の商品開発を推し進めている。大分県の平松知事の「一村一品」運動の商業版とも言える試みである。1、2の実例を挙げてみよう。①「甲州ワインビーフ」、甲州和牛にワイン醸造時の葡萄の皮を飼料に混ぜて牛に与えると牛肉が柔らかく仕上がると好評である②黒富士農場の養鶏卵、こだわりの飼料により1個50円~100円の養鶏卵が飛ぶように売れている。東京の一流デパートでも販売されている③梅酒、梅ワイン、甲州小梅と言って甲州は良質の梅を産す④桑の実ジャム等である。甲斐市商工会 むらおこし実行委員会事業としては、「滞在型農園」がある。都会の人がやって来て農業をしながら滞在する別荘である。50坪の農地が貸与される。クラブハウスは瀟洒なものである。これらは地域活性化に役立っている。猪股専務は、団塊の世代の人々が大挙して第一線を退こうとしている。われわれ40歳代の者が頑張らねばと腕を撫すの体(てい)だった。
東電の電化PR
 東電が小学生の遠足を都留市の発電所やリニアモターカーの見学に招待してこの遠足の費用は東電が負担しましたというチラシを配って電化攻勢の一助としている。電力会社がオール電化を標榜して形(なり)振(ぶり)り構わずこんな宣伝をしていると、やがて電力需給が裏目に出て深刻な電力不足に陥る危険さえある。米国では電力自由化が行き過ぎて電気料金の値上げが始まったと最近のニュースは伝えている。この話をしていたとき猪股専務の息子さんの優哉君が下校して顔を見せた。小学5年生だそうだ。利発な坊やである。無邪気にリニアカーや水力発電所の見聞を話してくれた。その話を聞きながら感なしとしなかった。
8月と11月に再訪、取材を約す
 販売店を問屋さんが訪ねて来る。ガスを売りに来たのでもなければ、器具販売でもない。需要家を買いに来るのである。そういう風潮が一般的であるが、今日の取材は何んと気持ちがよかったことか。生き残りをかけて変化するのだと言う。そして甲府市西部地域で一番の店になるぞと勢いが漲っていた。3カ月後と、6カ月後にどう変化したか検証するために取材に再訪することを約束して帰って来た。
 夜のとばりに包まれた甲斐の山々を特急「かいじ」の車窓に見て帰途に就いたのであるが、2人の若き経営者の言葉が脳裏を去来した。そして「塩の山さしでの磯にすむ千鳥 きみがみよをばやちよとぞなく」(古今和歌集)を幾度も口ずさんだ。この歌は甲斐の代表的歌枕で、「塩の山」は塩山市、「差出の磯」は山梨市の笛吹川右岸にある地名である。歌の意味は、海の向こうにある塩の山の、その近くにある差出の磯で鳴く千鳥の声も君(天皇)の御代が永遠であることを祈っているという意味の賀歌である。

プロパン・ブタンニュース/石油化学新聞社(C)