新幹線も動かすバルブ技術
光陽産業社長 
大山忠一氏
ウエーブ・風 話題と肖像画/ナリケンがゆく <162>

 ガス栓のリーディングカンパニー光陽産業の大山忠一社長を東京・品川区西大井の本社に訪ねた。玄関に入ってまず創業者社長・大山由太郎氏の胸像にお目にかかる。大山忠一社長の祖父である。2代目社長・大山忠義社長は父上、3代目社長・大山国義社長は叔父さんである。
 大山忠一社長は昭和60年、4代目社長に就任した。「昭和41年に慶応大学大学院研究科を卒業して日本ビジネスオートメーションで2年間働いた後、43年に入社した。まさに光陽産業が60周年を迎えて新たなステップを踏みだそうとするその時だった。ここに新しい世代による新しい経営が始まった」のである。これは、光陽産業70年史(平成8年刊)の「第五章・変革の時代」の冒頭の叙述である。
 光陽産業のルーツは、現在の光陽産業本社所在地に大正15年、大山由太郎氏が大山製作所を開業した。ガスメーターの品川製作所に遠縁の人がいて最初から東京ガスのガスメーターのコックを手がけた。後に東京ガスはメーターとコックを夫々のメーカーが納入することにしたので大山製作所は東京ガスに直接納入することになった。かくて大山製作所のメーターコックの生産量は順調に伸びたが、昭和9年にコックの仕様が砲金製から鋳鉄製になり、特許の関係でコックからの撤退を余儀なくされた。
 だが、このことが後のわが社発展の原動力となる埋込カラン(特許取得)や地方都市ガス会社向けサービスコック(特許取得)の開発につながった。そこで新たに一般家庭用ガス栓(カラン)を手がけることになった。こうしてわが社はカランをベースにしてガス用バルブ、コックと共に歩むことになる。この製品は息が長くわが社の主力商品になった。
越後高田に疎開――現在の上越工場の始まり
 昭和18年7月、わが社は海軍省艦政本部の監督工場に組み込まれ、艦船や航空機用の蒸気バルブや油圧バルブを製造した。然し、昭和19年に入ると敗色が濃くなり東京の空をB29が飛び交った。そこで由太郎社長と忠義専務は、由太郎の郷里・新潟県高田に工場設備を移す決断をした。これが完成して稼働したのは19年5月だった。現在の上越工場の始まりである。東京での生産は、20年5月までだった。
品質第一のモノづくり
 昭和20年10月、進駐軍将兵の宿舎の暖房用スチーム及び水道用バルブの生産を受注、また同じころ東京・代々木の進駐軍宿舎の止水栓の製作に携わった。水道関係では更に発展して水栓メーカーに継手、ボックスコックなどを納めている。前沢給装工業と共同開発のポリエチレン管用のワンタッチ式継手を開発した。鉄道用ではエアブレーキ用のバルブを開発して車両メーカーに納入している。新幹線の新型700系は現在これで走っている。昭和27年には旧日本国有鉄道指定工場に、28年には船舶用バルブ類のJIS表示許可工場になった。本命のガスの分野では東邦ガスさんと共同開発したメーター回りユニットは、非ねじ化による施工の効率化、保安の向上で好評を博し、主力商品になっている。
 少し遡るが、昭和58年11月22日に起きたつま恋ランドの大事故では、わが社のヒューズガス栓が注目された。通産省はこの事故を重く見て、省令を改正して翌59年9月からLPガスの大口消費者、業務用消費者の末端閉止弁に安全ヒューズの使用を義務づけ、家庭用の安全対策も強化された。LPガス業界に光陽産業のヒューズコックが知れわたる契機となった。
プロパンガス業界へ進出
 ここにもう一度「光陽産業70年史」から引用しよう。
 「当社の歴史を振り返ってみると、製品の販路は中央、地方を問わず常に都市ガス業界が中心であった。創業者大山由太郎がまず最初に東京ガスとの取引を開始し、ついで現会長大山忠義が戦後に至って地方都市ガス各社へ販路を広げてきた。然しながら、都市ガスに比べてプロパンの普及が遅かったこともあり、プロパンガス業界への販路拡張は、なおざりにしてきた感があった。
 ここに着目して、同業界への積極的な参入を意図したのは、現社長大山忠一が専務時代のことだった。この広大な市場を放っておく手はない。
 すでに昭和も50年代になってからだから、決して早い時期とはいえないが、遅きに失するということはなかった。同業他社(都市ガス用ガス栓メーカー)の中では、かなり早い方だった。そのお陰で、現在では当社の売上高は、3分の1が東京ガス、3分の1がその他の都市ガス各社、残りの3分の1がプロパン業界という具合に分散されている。
 これはおおまかな数字ではあるが、1本の柱が2本になり、3本になってより安定した経営ができるようになったことを示すものである。当社の営業部門に、プロパン担当者が配置されたのは昭和52年秋のことである」(後略)。
 光陽産業70年史のこのくだりを読みながら考えた。昭和52年と今とではオール電化攻勢なんていうのが出現したり、ガスの陣営ではGHP、エコウイル、マイクロコージェネ、床暖等々の新しい機器が登場して住宅建築様式も変化した。それにしてもガスの普及にとってコックは、掛け替えのない大切なツールだと痛感した。 

プロパン・ブタンニュース/石油化学新聞社(C)