“森は海の恋人”森の再生事業
矢崎総業会長
矢崎 裕彦氏


ウエーブ・風 話題と肖像画/ナリケンがゆく <196>

 矢崎総業の矢崎裕彦会長は、「森の再生事業」に情熱を傾けている。矢崎グループは岐阜県白川町、静岡県川根町、岩手県、大分県、宮崎県などをこの事業の候補地として調査を進めているが、昨年夏から始まった高知県梼(ゆず)原(はら)町と矢崎グループが共同で進めている「環境とエネルギーと林業の共生」をテーマにした「木質バイオマス地域循環モデル事業」を矢崎会長は熱っぽく話してくれた。
 バイオマスとは生物由来の資源で、木質バイオマスには間伐材や製材所端材などがある。燃やして使った分の木を育てればCO2を増加させない「カーボンニュートラル」な燃料である。矢崎グループは梼原町にペレット生産工場を建設し、ペレット焚きのアロエース(空調器)も試作している。梼原町長の中越武義さんは同町の森林資源が矢崎総業の経験、技術、ノウハウによって生かされ地域循環システムができることは町が活性化し、これからの地方自治体が行う事業のモデルになる、と言っている。
 矢崎総業はこのモデル事業を推進して地域に雇用を創出、林業の活性化、安価なエネルギーの利用などをもたらし、林業の整備、化石燃料に替わる木質バイオマスエネルギーの利用を促進し、地球温暖化防止に貢献しようというのである。
矢崎国内サマーキャンプin梼原
 今年7月28~30日と8月1~3日の2班で、矢崎総業の従業員の子女(小学5年、6年)205人、スタッフ48人、総計253人が都会を離れ、テレビやゲームのない梼原町で合宿生活をして植樹や林内整理伐、川遊び、紙(かみ)漉(す)き、よさこい踊り、民族資料館見学、神楽見物など、自然相手の貴重な体験をした。矢崎国内サマーキャンプは、昨年まで29年間、静岡県御殿場市で行われたが、今年から梼原町で①地域(梼原町)住民とのふれあいを通じ、「企業と地域の小さな交流大使」となる②自然にふれ、自然の大切さや森の再生を会得する③合宿生活を通じて規律やチームワークの大切さを会得するなど、目的は十分に達成した。サマーキャンプには矢崎裕彦会長自らも駆けつけて子供たちと一緒に語り、行動した。
モデル林「矢崎の森」
 梼原町と矢崎グループは、同町の九十九曲峠(まがりとうげ)の町有林を「矢崎の森」と名づけ、梼原町の「森と水の文化構想」の実現に向けてモデル林を目指して活動を続けている。梼原町に工場を持つ子会社、南四国部品の従業員も含め約100人のボランティアが「矢崎の森」でヒメシャラの植樹や天然萌芽林の整理伐採に汗を流している。「矢崎の森」がある九十九曲峠は、幕末に土佐藩士の坂本龍馬が通って脱藩した道だと会長は教えてくれた。矢崎会長は語を次いで「森は海の恋人」と言う。記者がその意味をとり兼ねていたら次のように説明された。森が再生すると川が生き返る。その川が海に注ぎ、豊饒(ほうじょう)な海となる。これは岩手県の海岸で牡(か)蠣(き)の養殖業者の言葉だと教えてくれた。
矢崎グループのDNA
 矢崎グループは昭和4年に創業者・矢崎貞美氏が自動車用組電線(ワイヤーハーネス)の販売を始め、製造も行うようになり、本格的なワイヤーハーネスメーカーとして歩み始めた。以来、矢崎グループはワイヤーハーネス事業を基盤に、そこで培った技術、ノウハウを生かし、今や自動車機器と生活環境機器の2分野を柱に事業を展開して世界に約18万人の従業員を抱えて、世界38カ国で事業を展開している。これはやたらに世界に拠点を増やしてきたのではなく、「地域に必要なものを地域でつくる」「開発をはじめ生産から営業、管理まですべて現地で行う」。かくて事業が地域に根づき、企業が地域に認められると考えて実行してきた。
 新幹線車内の企業広告「もったいない」は、いまや国際語になりつつある。そもそもこの「もったいない」は、創業者社長・矢崎貞美氏が社内ではごみ箱と言わずに再資源箱と書かせたことにつながる思想である。創業社長は工場に来ると、工場敷地の奥にある焼却場に直行して、電線の切れ端や被覆が捨ててあるのを手にとって幹部社員を集めて「こんなもったいない使い方をしてはならない」と諭された。矢崎グループの「地域主義」にせよ、「もったいない」の精神にせよ、矢崎のDNAである。このDNAが現在の矢崎グループを「リサイクル事業」「介護事業」「森の再生事業」に駆り立てているのである。
 矢崎会長は対談の終わりに、森の再生の話に終始したが、ガス機器、ガスメーターも一生懸命やりますよ、と言った。

プロパン・ブタンニュース/石油化学新聞社(C)