LPガス事業を始めた父祖に感謝
埼玉県LPガス協会専務理事
浅見文雄氏



ウエーブ・風 話題と肖像画/ナリケンがゆく <181>

 埼玉県LPガス協会専務理事・浅見文雄さんが県協会事務局に奉職したのは昭和四十九年である。石油ショックの後遺症が続いていたときでLPガス10キロ1,300円の標準額の告示が出た年である。最初の仕事は協会20年史の編纂だった。川本宜彦会長のお父さんの川本二郎さんらエネルギー革命の道を身をもって切り拓いた先達から多く学んだ。その言動は生き生きと輝いていた。それを今の協会に息づかせねばならないと浅見さんは常々考えている。
 浅見さんは昭和60年に高圧ガス保安協会(KHK)に約1年間出向した。KHK液化ガス部の立ち上げに携わった。これによって翌61年、LPガス業界は、安全機器3点セット(マイコンメーター、ヒューズガス栓、ガス漏れ警報器)を普及するLPガス安全機器普及促進運動を開始した。63年に県協会事務局長に、そして平成11年に専務理事に就任して今日に及んでいる。浅見さんは昭和23年生まれの58歳。埼玉県長瀞町の人で、昭和46年法政大学経済学部卒業。陸上(ハイジャンプ)の選手で赫々たる記録保持者である。
LPガス快適フェアinさいたま
 この夏、8月26~27日にさいたま市の大宮ソニックシティで「LPガス快適フェアinさいたま」が開催される。主催は同フェア実行委員会(実行委員会事務局=埼玉県協)、埼玉県、さいたま市が後援する。展示内容は、検査機器・燃焼機器・安全機器の展示、LPG車の展示・試乗、LPガス調理教室、暮らしに関する情報提供、防災訓練、LPガスに関する相談コーナー、模擬店など。これらは一般消費者にLPガスに対する正確な知識を提供してLPガスのイメージアップを図り、LPガスを使った快適生活を提案して他のエネルギーとの差別化を図ろうというものである。フェア参加者は埼玉県内一般消費者、LPガス販売店、動員目標1万5,000人である。
埼玉県協が行った数々のイベント
 昭和61年にKHK出向から戻った浅見さんは毎年行われた県協会のイベントに協会役員や会員と共に取り組んだ。昭和62年の「’87埼玉LPガス展」「’89埼玉LPガス安全フェア」「セーフティ・フォーラム’91」「埼玉LPガス安全サミット’93」「埼玉県LPガス安全・安心キャンペーン」(平成9年)、「LPガス・サンセットクルージングご招待キャンペーン」(平成13年)、平成16年から同17年にかけての県協会創立50周年記念事業「青い炎の祭典」の柱とも言うべき「LPガスイメージアップキャンペーン」、そして今回の「LPガス快適フェアinさいたま」と続いた。イベント好きの埼玉県協と言われるが、この積み重ねが県内総世帯の63%の170万戸がLPガス世帯という高い比率を実現しているのである。
行政との協定締結
 ①地震等災害時に代替エネルギーの確保に関する協定(平成17年8月)=この協定は埼玉県LPガス協会、埼玉県ガス協会、簡易ガス協会埼玉県部会の三者が埼玉県と締結した協定で、災害時にLPガスを代替エネルギーとして1日当たり20㌔ボンベ2,000本を継続して7日間、供給する体制を確保して県民のライフラインを確保するものである。県内に約百カ所ある充填所に必要量を備蓄する。この協定は、新潟中越地震時の経験に鑑み取り決められた。
 ②埼玉県防犯のまちづくりに関する協定(平成16年12月)=県および県警本部と県LPガス協会が結んだ協定である。事業者車両8,000台に防犯ステッカーを貼付、従業員や検針員に防犯ワッペンを着用させ防犯意識を高めている。
 ③要援護高齢者等支援ネットワークの覚書(平成17年9月)=県LPガス協会は、通常業務の中で「要支援高齢者等」を発見した場合、警察に通報する。また、ガスの使用量に異変がある場合は電話もしくは訪問で確認し、市町村に通報する。川本会長は防犯、福祉に貢献しようと呼び掛けている。
対談の終わりに
 昭和43年3月、LPガス新法が施行した。県下の販売業者数は、2,025事業者だった。昨平成17年、県LPガス協会創立50周年時には1,525事業者である。昭和43年の4分の1の500事業者が廃業したわけだ。うち300事業者は平成9年以降の廃業である。最近、協会の青年委員会など若い経営者と話し合うのだが、確かに激しい時代で悩みもあろうが、LPガスは生活に欠かせないエネルギーである。寝ているときもメーターが回り続けるいい商売だ。祖父や父がよくぞこのような事業を始めてくれた。二世代、三世代の経営者がそれに気づいてもらいLPガスの良さをもっと感じてほしい、と話す浅見専務理事である。


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