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(2005/9/26 プロパン・ブタンニュース)

石井燃商社長

石井惣司氏

LPガス事業はわが天職
 石井燃商社長・石井惣司氏を三重県四日市の同本社にお訪ねした。石井燃商は、三重県LPガス販売業界の草分け的存在である。そのルーツは、大正7年に惣司社長の祖父・惣十郎氏が現本社所在地・四日市市稲葉町に石井練炭を創業して練・豆炭の製造・販売を始めたところまで遡らなければならない。固形燃料が太宗の時代である。父上・正直氏も薪炭店、米穀店、農協等に練・豆炭の卸販売に精を出した。当時の模様を惣司社長は、艀(はしけ)で運ばれて来た原料のホンゲイ炭が現在地にあった練炭製造工場脇の貯炭場に山と積み上げられていた、と述懐する。
 (注)本社所在地の稲葉町は、稲葉三右衛門翁に由来する。明治の初め、翁は私財を投じて築港工事をして四日市港を典型的な貿易港にした。
 伊勢湾台風の昭和34年ころ、石炭産業の衰退が進み、新しい家庭燃料としてLPガスが台頭した。伊勢湾午起(うまおこし)埋立地区に形成された第2石油コンビナートの中心・大協石油の工場長・中山善郎さんと親交があった父・正直氏はエネルギー革命の進展について啓発され、大協石油のLPガスを取り扱うことになる。
 しかし、大協石油のLPガスの特約店は、日本酸素と岩谷産業の2社だけだったので、日本酸素経由で供給を受けLPガス事業を開始した。
 四日市の石井練炭がLPガスの販売を始めたころ、同じ状況にあったのが津市の津合同練炭(飯田喜一郎社長)と伊勢市の丸高練炭(狭間鹿太郎社長)だった。石井練炭の石井正直社長と津合同練炭の飯田喜一郎社長は従兄弟同士である。石井練炭は四日市市、桑名市、亀山市、鈴鹿盆地、伊賀盆地の北勢地区を、津合同練炭は、津市を中心に中勢地区と鈴鹿から南へ松阪市まで、そして伊勢市の丸高練炭は松阪から伊勢・志摩の南勢地区を販売テリトリーとした。これらの3社は、大協石油のLPガスを「ダイヤプロパン」と銘打って三重県下で販売を開始した。
 昭和37年6月に石井練炭は石井燃商に、津合同練炭は昭和43年頃にダイヤ燃商に、丸高練炭は丸高燃工になってそれぞれ法人格を持った。そして石井燃商は、大協石油のLPガスの特約店に昇格した。
惣司社長の履歴と業績
 石井惣司社長は、昭和30年、地元の四日市高校が初めて甲子園野球大会に出場して全国制覇をした年に同校を卒業して早稲田大学商学部に進み、同35年早大を卒業して石井燃商に入社した。同35〜37年、大阪の十全商会の充填所に勤務して修行、本社に戻り5年間、主として営業に携わる。同42年にお父上が亡くなり、社長に就任した。
 若き社長は、LPガス配送の合理化、消費者別消費予測プログラムの開発、充填所の増設と整備、資本金8,000万円のデジコ(Dia Gas Corporation)グループの創設、このグループにはデジコビル(5階建て)の所有とデジコ事業協同組合、そしてデジコ管理があり、デジコ管理は配送業務の外に一昨年から介護の事業もしている。
 かくて、石井燃商は現在、直売と60店に及ぶ販売店分を合わせて年間2万6,000dのLPガスを三重県北勢、南勢地区で供給している。配送戸数は、2万数千軒。農協の委託分を含めればさらに増える。
 三重県LPガス卸協会は、浜木綿(はまゆう)会と称した。三重県の県花が浜木綿であることに由来する。石井惣司社長は浜木綿会々長を長くつとめた。その後に三重県LPガス協会長に推されて50歳から60歳まで10年間県LPガス協会長をつとめた。それはLPガス法改正の時期だった。石井燃商は大協石油の製油所に隣接し、霞のLPガス輸入基地にも近く地の利もあるが、LPガスの仕入先は大協石油を堅持した。大協石油はコスモ石油になったが、LPガスの仕入れルートは今に一貫している。そしてコスモ石油ガスのLPガス全国特約店会の副会長である。
 若くしてお父上の跡を継いで社長に就いたが、如上の業績を見るだけでも惣司社長の会社経営には確固たるバックボーンが通っている。
LPガスのよさを目に見せ、手に触れさせよう
 IHこんろやエコキュートによるオール電化攻勢は、電力会社の力にまかせた宣伝で徐々に効果が出ているようだが、電気のCO2排出量はガス器具より本当に少ないのか。厨房器具は、空調機はどちらが優れているかを地域の客に分かってもらわねばならない。毎年開催している展示会(ふれあい感謝祭)などを通じてお客さまとのつながりを深めLPガスのよさを知ってもらうことが何より大切であると共にお客様との心と心のふれあいがLPガス事業の原点と思うと強調した。
 石井惣司社長は、LPガス事業は、わが天職(vocation)、天が与えてくれた仕事と認識している。それ以外のことをして会社を傾かせるようなことがあっては社員に対しても申しわけない、と対談を結んだ。

プロパン・ブタンニュース/石油化学新聞社(C)